突然、海堂がいなくなった。
クラスの人に聞いた話では、何でも休学届けを出したらしい。
最近付き合い始めた(筈)の俺に何の相談もなしにだ。
海堂の家をクラスの人に聞いて訪ねてみたが、そこはもう売家になっていた。
今更ながら気付く。海堂の行きそうな場所。そんなことも分からない自分に腹を立てる。
データ収集が趣味の俺としたことが・・・
今日も一人下校しようと門に向かうと、昔の親友“柳連二”がいた。
彼の通う立海大付属はここからとても遠い距離にある。
何故こんなところにいるのかは分からないが、一応知り合いなので声を掛けることにした。
「連二」
「貞治。待っていたよ」
柳はフッっと微かに笑った気がした。
「何か用か。ここまで来るなんて。よっぽどの用事なんだろ?」
「ああ。ちょっと来てほしい所があるんだが、今時間があるか」
「…うん、いいよ」
昔とはいえ親友の誘いを断る理由なんてない。
それにそのとき俺は、何故だか連二についていかないといけない気がした。
悪い予感みたいなものが俺の脳裏を過ぎる。
道中、俺たちは一言も話すことはなかった。
着いたそこは電車で四十分もかかった所だった。どうやら柳の家らしい。
立派な日本家屋に通されながら乾は内装のあちこちを見ては感心する。時折、しし脅しの音がどこからか聞こえてくる。
「ついてきて」
言うと、ある部屋に通された。
通ってきたどの部屋も障子で部屋を仕切られていたのに、何故かこの部屋だけはドアだった。
違和感を覚えつつも中に入ると、下へと降りる階段があった。この家には地下があるらしい。
少し降りたところでまた、ドアにつきあたった。
このドアはさっきのと違い、鍵がかかっている。
「ここだよ」
急に柳の顔つきが変わった。
さっきまでは無表情で昔から変わらない顔だったが、ふと悲しそうな顔をしたのを乾は見逃さなかった。
今までの柳とは雰囲気がまるで違う。
また無表情になる。なのに、悲しそうな気がするのは自分の思い違いだろうか。
部屋の中に入っての第一印象。
疑問。
そこにあるのは機械ばかりで何がどうなっているのか、柳はこれを俺に見せてどうしたいのか、そんなことしか頭にはなかった。
あることに気付いた。
機械ばかりに気を取られて気が付かなかったが、部屋の中央の方に手術台のようなものがあった。上には布が掛けられていて何があるのかは分からなかったが、いやな予感がした。
大きさは・・・丁度、人一人分くらい。
「連二、あれは何だ?」
「…」
答える代わりに柳は口だけで笑った。
嫌な予感がした。
いてもたってもいられず、乾は走って行き布を剥ぎ取った。
「!!!」
見た瞬間、乾は自分の目を疑った。
『嘘、だろ…』
悪い夢なら覚めて欲しい。
そこにいたのは全裸で横たわっている海堂だった。
ほんの数日前までは俺の隣にいた海堂。
少しでも手を出そうとすると本気で蹴ってくる最愛の人。
なのに、今は体中を電気プラグや何かでつながれている。
明らかに病院で使われているような点滴の類ではなかった。腕が開かれ血管の様にたくさんのコードが詰まっていた。
「これが海堂薫の正体だ」
淡々と話す柳が恨めしかった。
意味が分からない。
正体と言われても、こんな姿になった海堂を前にどうしていいのか分からなかったのだ。
「どういう意味だよ!答えろ、連二!!!」
思わず柳の胸倉を掴んだ。
この場には柳しかいない。いや、海堂もいるけど会話ができる状態ではないのは一目瞭然だ。
頼れるのは、攻めることのできる相手は柳しかいなかった。
とりあえず状況を把握したかった。
なぜ海堂がこんなことになったのか、そして柳はなぜそれを知っていたのか。
正直、恨めしかった。
このことを打ち明けてくれなかった海堂にも、知ってて遠くから眺めていた柳にも。
そして一番許せないのが、こんな海堂の姿を見た瞬間、少しでも引いてしまった自分にだった。
所詮まだ中学生の乾には咄嗟にこれをどう対処していいのか分からず頭が混乱している。
「すまない。でも、これは薫が望んだことなんだ」
ぽそっ、と柳はつぶやく。
「海堂…が?」
海堂が望んだ…。
こんな姿になった海堂を俺に見て欲しいと。
「まず、これを見て欲しい」
一通の手紙。
『乾先輩
先輩がこの手紙を読んでいるということは、俺はもうこの世界にいないんですね。
好きです。
きっと、俺が生きている内は言えない言葉だと思うので
ここで言わせてもらいます。
ずるいなんて思わないでください。
俺は一度も先輩に本当の気持ちを伝えることができなかったけど、心の中ではいつも思ってました。
好きです。
もし、こんな俺を見て俺のことを嫌だと思ったなら、ここで手紙を読むのを止めてください。
…本当に俺のことを思ってくれるんですね。
ありがとうございます。
では、なぜ先輩にここに来ていただいたか説明します。
俺を消してください。
と言っても、俺という物体ではなく『俺の記憶』です。
もともと俺は柳さんの試作品であり、完成体ではありませんでした。
先輩も気付いていたと思いますが、「フシュー」っというのが口癖でした。これこそが故障しているという証拠で、その度に柳さんにお世話になりました。
どうか、柳さんを責めないでください。
そして、どうか先輩の手で俺を消してください。
記憶は消えても俺が先輩を好きな気持ちは永遠に変わりません。
それでは、長い間お世話になりました。
海堂薫』
こんなことが本当にあるのか。
信じたくなかった。
しかし、海堂本人からの手紙まで読んでしまっている。書体は海堂のものだった。
受け止めるしかないのか。この事実を。
「貞治。このプラグを抜くと海堂の記憶は消える」
言われて指さされた先にはほっそりとしたプラグ。
まるで、ここに眠る海堂のように。
嫌だ!!!
「連二、海堂はお前が作ったんだろ!!どうにかできないのか。俺は何でもする、連二!!」
追い縋る気持ちで柳に迫る。
「俺に出来るすべてのことはやった。それでも駄目だったからおまえを呼んだんだ!!」
よく見るとやはり柳は泣きそうな顔だった。
そうだ。悲しいのは俺だけではないのだ。
それでも、柳は俺を呼んでくれた。
きっと、それが海堂の最後の意思だったから。
…柳のためにも決心するしかなかった。
こんな細いプラグ一つで海堂の記憶は…
やるせなかった。
海堂との記憶が走馬灯のように蘇る。
初めて会ったのは、海堂が入部して初めての合宿のときだった。
俺はそれよりも先に新入部員の顔と名前は覚えていたから、急に俺から話しかけられた海堂はとても緊張していたね。
でも、これがきっかけで、この後たくさん話をするようになって付き合いだしたね。
たくさん話もした。
将来について話したときなんて海堂は、「アンタは絶対医者とかなってそう」
って言うから、「じゃあ、海堂は看護婦さん?」て言ったときの海堂の顔、君は怒っているつもりだったのかもしれないけどとても可愛かったよ。
楽しかった。
ずっと続くと思ってていたのに。
こんなに早く、突然終わりが来るなんて。
しかも、自分の手で終わらせないといけないなんて。
海堂。
それでも俺を選んでくれたことが何より嬉しいよ。
「…連二」
「何だ」
「すまないが、二人にしてくれないか?」
柳には悪いが、せめて最後は二人っきりでいたい。
「ああ」
海堂をちらっと見て、柳は静かに退室した。
そっと、海堂の手をとる。
「海堂、天国で待っててね。
今すぐ行きたい気持ちは山々だけど、きっとそうすれば君は二度と俺の事を好きなんて言ってくれなくなるよね。
だから、あと何十年か、そのときが来るまで俺の事を見守って欲しい。
俺はきっと一生海堂以外の人を好きになることはないと思うよ。だから安心して、ゆっくりおやすみ、海堂」
・・・・・・・・・
ぷちっ・・・
ゆっくりプラグを抜いた。
その瞬間、微かに海堂が笑った気がした。
これは終わりじゃない。
海堂が歩めない未来を変わりに俺が歩んでゆくスタート地点に立ったのだ。
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